表題作よりも面白いのは「おお、大砲」。大和六万石の小藩に下賜された六門の大砲。感動した同藩は、260年間暗い蔵の中で後生大事に磨き続けた。その大砲が幕末に使われ…司馬遼太郎渾身のギャグでしょ、これ!w(crossreview)
表題作の「人斬り以蔵」をはじめ8編を収録した短編集。
「人斬り以蔵」と「鬼謀の人」は以前紹介した『王城の護衛者』と重複しているのでそちらを(といっても大して触れていないけど)。
司馬の短編は、人物の造形や物語のテーマを絞り込んであり、同じ人物を扱っていても長編とは趣が少し異なります。長編ももちろん面白いんですが、やはり著者が若い頃に書いた短編の方がやや極端と言えるまでにキャラが立っており、司馬の筆も載っているように感じられて好きです。
さて、本書で一番のオススメは、「おお、大砲」です。
【以下ネタバレあり】
大和国高取の植村藩二万五千石は、家康から下賜された大砲六門を有している。その中には大坂の陣で淀殿のいる大坂城天守閣に砲弾を撃ち込んだ大砲もあったとか。加賀百万石の前田家でさえ六門もの大砲を持っているかどうか。それと比較するとこれがどれだけ特別なことかわかろうというものである。
家康の狙いとしては、交通の要所に大砲を配置することで京から江戸へ攻め上がってくるのを防ぐ意図があった。
周囲の藩には「過ぎたもの」と妬まれたりもしたが、大砲六門の下賜を受けた当の植村藩の感激はいかばかりか。
そして、植村藩は藩宝である大砲六門を蔵に収め、注連縄をし、蝋燭の橙色の光だけが怪しく揺れる暗い蔵の中で、二百六十年間その大砲を「磨き続けた」。
…って、もうこれギャグですよね!(笑)
言葉は悪いですが、墜落した飛行機の残骸を崇める原住民のようなことを、かれこれ二百六十年やってた植村藩ですが、その植村藩と「御神体」に転機が訪れます。
幕末、天誅組が「そういえば、和州高取の植村藩には大砲がある!」とこれに目を付け、大砲を奪いに来ると言う!
敵を足止めにするはずの大砲が、敵を呼び寄せる餌になっちゃったわけです(笑)。
しかも、いざ撃とうとするとトラブルが続出。火薬の調合を伝えていた各家の「口伝」が途中で間違っていたらしく、全然爆発しなかったり、大砲の底に亀裂が入っててそもそも大砲として使用できなかったり。
主人公は大坂の適塾帰り。そのお陰で火薬については何とかなりました。
さて、使える数門の大砲を引きずり引きずり、山の下から駆け上がってくる天誅組に向けて大砲を発射!
どおおおおおおおおおおん!
爆音と轟音を上げて飛んでいった砲弾は、遠く駆け上がってくる足軽の頭にクリティカルヒット!
ごおおおおおおおおおおん!
そして、その足軽に三日間、耳鳴りをさせた…という話です。
…いや、これ、絶対「司馬遼コント」ですよ(笑)。
かつて島本和彦が武論尊・原哲夫の『北斗の拳』を読んで、
「こんな真面目なタッチでギャグやるのは反則だよ! こんなことやられたらギャグマンガ家に勝ち目ねぇよ!!」
と叫んだという話がありますが、まさにそれを彷彿とさせるような話です。
他にも、山田芳裕『へうげもの』の主人公(という紹介が正しいのか?)・古田織部を描いた短編「割って、城を」など、粒ぞろいの短編集です。