新訳+解説という構成で読みやすく、一冊目としてオススメ。だけど軍学者である著者の解説は入門レベルにとどまらない。孫子のエッセンスを味わいながら現代の軍隊・戦争についても知見が深まる。既読者にもオススメ。(crossreview)
本書の内容を一言で表すなら、軍学者・兵頭二十八版「"孫子"のエッセンス」です。兵頭『孫子』講義といっていいのかもしれません。
大胆だなと思ったのは、普通この手の古典を現代語訳するときには原文や書き下し文をまず掲げ、その後に和訳やコメントを付すというのが一般的だと思います。しかも、孫子には「兵は詭道なり」「彼を知り己を知らば百戦して危うからず」など有名な文句もあり、これがまたカッコイイからつい使いたくなるのが人情というものです。
しかし、本書ではいきなり和訳、それもかなり大胆な意訳から入っています。もちろん、原文や魏武注(曹操がつけた注釈)などを参考にされた上で汲み取った意による意訳ですから、原典から大きく外れているわけではありません。が、この現代語意訳文から入るという形は、軍学者である訳者なりに考える形で孫子の軍事思想のエッセンスを集約し、それをわかりやすく説明しようという意図を、かなりの部分で成功させているように思います。
前書きとあとがきにありますが、訳者は『孫子』を、複数の人間の叡智をまとめた集成だとみています。核となる軍事思想(兵法)はあったのでしょうし、孫武がその中心にいたことは確かでしょうが、『孫子』というテキストは孫武以外の無数の人間の考えてきたことも取り入れられた、言わば編集著作物的側面も大いにある、と捉えているわけです。
文学の世界ではどこまでが孫武の書いたもので、どこからが別の人間の手によるものかを分類・整理することは意義がありますし、私もそれを否定する気はありません。
しかし、こと軍事的思想については、原典主義よりもプラグマティックに考えた方が良いように思われるのです。「優れた軍事思想体系としての"孫子の兵法"」という観点から、孫武が書いたものでなくとも良い物は"孫子の兵法"としてあまりこだわらずに取り込み、そこから有益なエッセンスを抽出する。訳者の方針はこういう考え方や、編集著作物としての『孫子』観ともリンクしているように思いました。
そういう意味では、訳者もまた時を越えて『孫子』に携わった編集者の一人、ということができるかもしれません。
原文や書き下し文は岩波文庫などを探せば手に入ります。ですから原文を読みたい方はそちらをお読み頂くとして、それにチャレンジして今イチよくわからなかったという人や、興味はあるんだけど中国の古典はちょっと敷居が高いな、と感じている人にオススメしたい一冊です。