2012年11月30日金曜日

[紹介] 井沢元彦『なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか――新・言霊論』

井沢元彦『なぜ日本人は、最悪の事態を想定できないのか――新・言霊論』
著者の評論デビュー作『言霊』の2012年版&ダイジェスト版。日本人の価値観に強力に根付く言霊思想。これを認識・自覚しないと、危機に対して無視という態度を取りがちな我々日本人の思考バイアスは修正できない。(crossreview

 著者の評論デビュー作『言霊』の2012年版&ダイジェスト版といった感じ。200頁以下と薄く、字も大きく行間たっぷりなのですぐ読めるだろう。

 言霊思想とは、わかりやすく言えばこういうことである。
 例えば、みんなが楽しみにしている遠足の前日に、ひねくれ者が「明日雨が降ったら良いのに」と嫌なことを言ったとする。そして翌日、雨が降った時にそのひねくれ者は何と言われるか。「お前が変なことを言うから雨が降ったじゃないか」
 実際、このひねくれ者の言葉が雨を降らせたわけでないことは科学的に考えれば明らかである。しかし、つい何となくこんなふうに、言葉を発することでその言葉通りの現実が実現するように考えてしまう、これが言霊思想である。

 「私は言霊思想なんて全然信じてもいないし、あるわけないと思ってる」と言う人もあるだろう。
 しかし、言霊思想を甘く見るのは危険である。これは言霊は実在するというのではなく、日本文化には言霊思想がそれこそ無意識レベルに根付いているので、無意識のうちに言霊を避けるような言動をしてしまうのが問題なのである。
 本書でも言及されているが、日本ではありとあらゆる最悪の事態を想定した契約書というものが交わされないことが多い。起きて欲しくない事態を予め契約書に書くことに心理的抵抗を覚えるのだ。そして、その原因は我々の無意識レベルに根強く損する"言霊"感覚である。言葉にすると現実化するからこそ、最悪の事態を言葉にするのに抵抗を覚える、というメカニズムである。
 また、最悪の事態について言及する人間が嫌がられるのも言霊思想によるものである。言葉を発して言葉通りの現実を引き起こそうとすることを「言挙げ」というが、最悪の事態について言及することはこの「言挙げ」になるからである。
 結果的に、我々は起きて欲しくない最悪の事態を無視する、という行動を取りがちとなるわけである。

 現在私は、山本七平『「空気」の研究』を読んでいるのだが、山本が言及した場の「空気」について、それが発生するメカニズムを日本文化のレベルから説き明かした本としても読めるように思う。反対意見を言わせない場の「空気」とは、悪い事実の「言挙げ」に対して反発する感情から生み出されるものと考えられないだろうか。

 言霊思想の悪影響から脱するには、言霊思想について知り、日本人の価値観に根付く思考のバイアスに自覚的になるしかない。著者自身そのことを繰り返し述べてきているわけだが、言霊思想についてご存じない方は、是非本書をお読みいただきたい。