衆議院選挙前に読んでおきたい一冊。民主主義や政治についてちゃんと考えるなら、本書で選挙制度の根幹を押さえるべき。日本の選挙制度が、目的も性質も全く異なる制度をデタラメに組み合わせた酷いものだとわかる!
本書は選挙制度を扱った本です。政治のトピックとしては地味な印象をお感じになる方が多いのではないでしょうか。私自身そうでしたし、著者自身もドイツで選挙制度を本格的に研究するまではあまり興味が持てなかったそうです。
が、本書を読んでいただければその印象は変わります。政治について、そして民主主義についてちゃんと考えようと思ったら、選挙制度についての理解は避けて通れません。これは、民主主義を考える上で税制の理解が必要であることと非常に似ています。両者とも一見地味ではありますが、民主政治という制度の根幹を支えるシステムを軽視していては、まともな政治議論なんてできない、ということです。
第一章では、世界の選挙制度と対比したとき、日本の選挙制度が(良く言って)いかにユーモアか、悪く言えばいかにデタラメかが説明されています。
例えば、我々は投票と言えば一人一票と無条件に考えてしまいます。が、世界的には大選挙区(複数人の当選者が出る選挙区)では当選者数分の投票権が与えられる方がスタンダードだったりします(完全連記制)。
日本は「選挙制度のデパート」だそうですが、決して褒め言葉ではありません。目的も特性も効果も違う制度をごちゃ混ぜにして運用する奇々怪々な選挙制度が、日本の選挙制度です。
第二章では、選挙制度というのが、その背後に民主主義の理想を想定して選択されるものであることが説明されます。
よく「戦前の日本に民主主義はなかった」などという発言が見られますが、そういう世迷い言は本章を読んでからにしていただきたいものです。"民主主義がなかった"とされる戦前には、民本主義でおなじみ吉野作造が小選挙区制を、天皇機関説事件でおなじみ美濃部達吉が比例代表制を、それぞれ措定する民主主義観・政治制度を背負って論戦を繰り広げています。理念的には対極に位置する二人が合意していたのは、戦前戦後と続いてきた「中選挙区制」なる妥協のシステムは一番ダメだ、ということでした(美濃部は、政党政治を阻害する中選挙区制に反対するため、比例代表制が時期尚早だと思っていた当初は少数代表制を主張していたこともありました)。
本書では他にミルやバジェット、シュンペーターやポパーの議論も紹介されています。これらを読んだとき、戦後日本の選挙制度についての議論がいかに退行したものに成り果てたかがわかります。
選挙制度というのは大きく分けて、二大政党制を志向する「小選挙区制」と、少数からも代表が出せるが多党制になる「比例代表制」の二つになります。
が、読み進めると話はそんなに単純ではありません。システムの細目をどう規定するかで選挙制度の性格は変わってきますし、国民が政党に対して密接だと比例代表制でも二大政党化する結果が出たりします(オーストリアなど)。
システムをどう規定するかでどうとでもなるからこそ、選挙制度を通してどういう議会制民主主義体制を作るか、どういう政治システムを構築するか、その大目標が大事になってきます。そしてそれは、参議院をどうするか、地方の選挙制度とどう連動させるか、と憲法改正も含めた統治機構のグランドデザインへと話が発展します。「神は細部に宿り給う」とはよく言ったもので、選挙制度という一見地味なものを突き詰めて考えると、実はもの凄く深く壮大なものが見えてきます。
あと、比例で復活当選が何かズルい、ゾンビみたい、というよくある疑問についても本書はサラッと答えてくれてたりして、とにかく気が抜けない本でした。
2012年12月16日に衆議院の解散総選挙があるので、それまでに読んでおきたい一冊です。