2013年11月20日水曜日

[紹介] 郷田マモラ『サマヨイザクラ』(上巻)

裁判員制度だけでなく、いじめ問題やネカフェ難民など色々なテーマが盛り込まれてて読み応え十分。秀逸なのが評議の場で互いを理解し合えてない部分。各々の発言の奥にある「語られない前提」を見るとドキッとします。(crossreview

 裁判員制度が開始される頃に連載された、裁判員裁判をテーマにしたマンガ。
 作者は、女性監察医を主人公にした『きらきらひかる』や、死刑囚と刑務官、そして死刑をテーマにした『モリノアサガオ』を描いた郷田マモラ。監察医の『きらきらひかる』は、死体からその人の「声なき声」を聞くという、グロいけどサスペンス要素たっぷりのヒューマンドラマでした。一方の、『モリノアサガオ』は、グロ描写こそ少ないモノの、死刑囚とは何か、死刑制度とは何か、被害者とは…とサスペンス要素もありながら、それ以上に心にグサグサ刺さりながら考えさせられる重い作品でした。そして本作は、その両方の折衷的なもの、と言えそうです。

 主人公・相羽圭一はフリーター。実はある事情があってネットカフェ難民となっています。そんな相羽が裁判員に選ばれ、近隣の主婦3人を惨殺した鹿野川雪彦の裁判を審理することになりました。

 裁判員裁判の進行が分かりやすく説明されており、その手続のここそこで一般市民の不安も描かれています。相羽は自らの境遇を変えるべく、その時々で屈折した考えを抱くのですが、実は相羽の心境の変化というのは特殊なように見えて全然特殊ではありません。なぜなら、裁判員として選ばれた様々な人たち(女子大生・男性会社員・主婦・男性自営業者・おばあさん)の心情も、その時々に応じて猫の目のように変わり続けるから。ややもすると主人公を特別にとらえそうになりますが、実は「気持ちが揺れ動きつづけている」という点では、どの裁判員も変わりありません。

 裁判員それぞれの心情を描いているところでは、同じ審理を見ていても、それぞれの裁判員がその審理について全然別の理解・解釈をしていることがありました。それも単に「十人十色」で片付けられるような認識の相違ではありません。それぞれの裁判員が自らの人生経験を振り返り、それに照らして解釈しているのです。ここで読者は、裁判員も経験した手続の進行に応じての心境の変化に加え、個々の裁判員の思想・心情に触れることで更に心境の変化を覚えます。読み進めれば読み進めるほど、「そういう見方もできるよな、確かに…」と、だんだん何が正しいのか、その価値基準自体があやふやになってくる感覚を覚えました。

 裁判員制度について、その手続をわかりやすく説明し、そこに作者なりの考えや意見が投影されている部分は非常に面白いのですが、それだけでは単なる絵解きに終わります。この点で本作が優れているのは、事件そのものについてのサスペンスでしょう。
 裁判の冒頭、被告人である鹿野川は動機を復讐だと言います。その上で、弁護人は鹿野川に殺人をさせるまで追い込んだ「集団の悪」について主張します。
 ねじれ始めた事件の審理の中で、相羽がフリーターになった原因が語られ、弁護人と女子大生裁判員との間での因縁が明らかになってきたり…正直、考えることが多すぎるくらい内容盛り沢山の作品です。