(本文と画像は無関係です)
木村草太教授がまたいい加減なことを言っている。
以下は、2020年2月17日に行われた公益財団法人日仏会館討論会での質疑応答の様子を引用したものです。民間での討論ですが、メディアで周知された研究者の発言は、この間、親権問題に関する意図的な論点ずらしを含むものであり、法務省民事局参事官室が用意する商事法務研究会での論点資料においても同様の指摘が見られるため、ここで紹介いたします。
【公益財団法人日仏会館討論会(2020年2月17日開催)】
(木村草太・首都大学東京教授の発言要旨)
離婚後共同親権親権につき、両者(親)が協力出来るのであれば単独親権であっても事実上の共同親権に出来るので、新たな立法は不要。協力出来ないのであれば、子について何も決定出来ないデッドロックに陥ってしまい、子にとって有害になる。
来場者からの質疑応答で、当会会員Aから以下のような質問がなされるとともに、以下のやりとりがありました。
A「木村先生は上述のようなお考えとのことだが、そうであれば、「婚姻中についても単独親権とすべき」となぜ主張されないのか。上述の議論は、婚姻中についても全く同様に成立するはず」
木村教授「お答えとしては、婚姻中に子について両者で合意出来ないのであれば、離婚すべきということです。民法の教科書にもそのように書いてあります」
A「それはおかしい。離婚すべきかどうかは、経済的問題等様々な要素が絡む話であって、子について合意出来るかどうかだけで決められる話ではない。」
途中まで言いかけた所で、時間切れとなり、司会に発言が止められています。
この件につき、当会として以下のように考えます。
①子に関する事項は重要ではあるが、離婚というのはそれ以外の観点も含めて総合的に判断するものなのであって、「ではなぜ、婚姻中は単独親権より共同親権が望ましいと言えるのか」という疑問に何も答えていない。
②仮に「離婚すべき」というのが正しいとして、離婚出来なかったらどうするのか、全く不明。子の重要事項に関する不一致というのが、離婚の有責主義において離婚事由とされていないこととの整合性が不明。
③結論として木村説は、婚姻外のカップルを合理的根拠なく差別するものであり、明確に単なるダブルスタンダード
民法について詳しくない一般の方は、「婚姻中に子について両者で合意出来ないのであれば、離婚すべきということです。民法の教科書にもそのように書いてあります」という発言を読んで驚かれたのではないだろうか。
だが、安心して欲しい。家族法を一通り勉強した人もこの発言には驚きと違和感を禁じ得ないはずだからだ。
「民法の教科書にもそのように書いてあります」とのことなので、早速いくつかの民法の教科書をひもといたが、親権の行使についてはおよそ以下の内容しか見られなかった。
- 「親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う」(民法818条3項本文)の紹介
- 父母の合意に基づくものであれば、親権行使の際の名義は一方の単独名義で行われてもよい
- 単独名義で行われた親権の行使が、実は父母の共同の意思に基づくものでなかったとき、親権行使としてなされた代理行為は無権代理となり、一方のみの合意に基づいて未成年がした法律行為は同意なき法律行為(取消可能な行為)となる
- 父母の一方が親権を行使できない場合は他方の一方のみで親権行使できる(民法818条3項ただし書)
婚姻中の親権行使は父母の共同を前提としており、父母の意思の合意がないとその効果を後から否定できるようになっていることの説明しかない。
これだけをもって「婚姻中に子について両者で合意出来ないのであれば、離婚すべき」と読み込むのは難しそうである。
離婚についても見ておこう。
離婚の方法としては、(1)協議離婚(民法763条以下)、(2)調停離婚(調停前置主義。家事事件手続法257条1項)、(3)審判離婚(家事事件手続法284条1項本文・2項)、(4)裁判離婚(民法770条)がある。
(1)協議離婚の要件としては、①離婚意思のあること(763条)と、②当該夫婦に未成年の子がある場合に離婚後に親権者となる者を定めること(民法819条1項、765条1項)、そして③届出である。
これらの要件から民法が「婚姻中に子について両者で合意出来ないのであれば、離婚すべき」という価値判断を読み取ることはできない。
(2)調停離婚、(3)審判離婚は、第三者を入れて離婚を協議し、離婚の合意が成立すればその合意に強制力が発生するというものなので、協議離婚に準じて考えることになる。
では、(4)裁判離婚はどうか。
裁判離婚は法定の離婚原因に基づいて訴えを起こし、裁判の判決によって成立する離婚のことである(民法770条)。
そして、離婚原因については770条1項1号から5号に列挙されている。
- 不貞行為(1号)
- 悪意の遺棄(2号)
- 配偶者の3年以上の生死不明(3号)
- 配偶者の回復の見込みのない強度の精神病(4号)
- その他婚姻を継続しがたい重大な事由(5号)
親権行使の合意が出来ないことを離婚原因とするなら、トランプのジョーカー的とでも言うべき抽象的離婚原因である5号に読み込めそうではある。
ただ、それとて、親権行使の合意が出来ないことで夫婦仲が決定的に破綻し、「婚姻を継続しがたい重大な事由」と裁判所に評価される程度でなければ離婚原因とならない。
結局、民法の教科書からは、「親権の共同行使ができないことは、それが婚姻関係の破綻を来し、民法770条1項5号の「婚姻を継続しがたい重大な事由」に該当する程のものであると評価される場合にのみ裁判離婚しうる」くらいしか読み取ることはできない。
この、事案の具体的事情によってあり得べき結論の一つにすぎない共同親権行使不能による離婚を「民法の教科書に書いてあります」とまで言い切るのは論理の飛躍と言わざるを得ない。
私の理解はごくごく一般的な理解だと思うが、もしこれが間違っている、親権の共同行使ができない夫婦は離婚すべきというのが民法の示す価値判断であり、民法の教科書にもそう書いてあるというのであれば、その教科書を是非教えていただきたい。