2013年9月16日月曜日

[紹介] 橘玲『臆病者のための裁判入門』

少額だけど非定型的な紛争という、一番厄介なケースの実体験を元に、日本の司法制度の現状を描き出した本。実体験をレポートした前半と、それを受けた日本の民事司法制度の概観がバランス良く書かれた良書。オススメ。(crossreview

 少額だけど非定型的な紛争という、一番厄介なケースの実体験を元に、日本の司法制度の現状を描き出した本。法律・司法は専門外の著者であるが、非常によく書けていて、一連の著者の作品に劣らぬクオリティである。

 交通事故の保険金請求をめぐっての、実損害にして12万円という事件。しかし、当事者(原告)はオーストラリア人のトムで、損保会社の担当者のあり得ない対応など、なかなかに特殊なケースであり、トムを通じて外国人が日本の司法制度から疎外されている状況(ただし、本書の中でも言及されているが、制度としてはそうでも、司法実務に携わる人々は誠実に対応しており、言葉や文化が通じない外国人と言うだけで門前払いしてしまう諸外国の司法制度よりはよっぽど親切だ、と肯定的な評価を下している)なども知ることが出来た。他にも簡易裁判所と地方裁判所をたらい回しにされるなど、原告が外国人ということで興味深い(といったら当事者に失礼か)事態も紹介されている。

 本件を通して、少額だが定型的でないという「ややこしい割に実入りのない事件」がなかなか処理されない実情が説明されている。それは決して弁護士報酬が高すぎるなどという単純な理由に帰結されることなく、司法制度全体を見渡した上での指摘がなされており、非常に示唆に富んでいる。

 本書の前半は、著者とトムが遭遇したケースについてのレポートと考察だったのに対し、後半は日本の司法制度を概観したものである。これがまた非常にわかりやすく、かつ面白い。
 ADR(代替的紛争解決制度)についての説明もコンパクトながらツボを押さえているし、各制度の中で本人訴訟についても分量を割かれて説明が加えられている。この辺が、一般市民が少額だが非定型的というややこしい問題に遭遇した、ということを前提にして書かれている本書らしい、と言えるであろう。というのも、本人訴訟については非常に件数が多いものの、その実態については意外とよくわからない。大学の法社会学の講義などでは本人訴訟が多いことが指摘されるだけで流されることが多いし、書籍では「本人訴訟マニュアル」的なノウハウ本ばかりで、司法制度の中における本人訴訟の具体像が今イチハッキリ説明されていないからだ。

 本書は、大学の法学部や法科大学院の「法社会学」の講義の副読本としても十分読むに耐える、というよりもそういう人たちこそ一読しておくべき本だと言える。もちろん、法律を専門に勉強したことの無い人にもオススメの一冊である。法律や司法についての知識がないと少し難しいかも知れないが、下手な民事訴訟の解説本を読むよりも、よほど身近な紛争の実態がわかるだろう。