上司と論理戦をよくするが、いつも勝てない。納得できないことがあっても、なぜ納得できないかがまとめられないうちに、どんどん話を進められ、置いてけぼりを食らってスッキリしない、という相談に対する回答です。
口頭の議論って、頭の善し悪しよりも回転の速さ、つまり反射神経とテクニックがモノを言います。
その上、口頭の議論の勝敗って、審判がいる訳じゃないので、事実上の決着しかなく、何となく「沈黙した方が負け」みたいなところがありますよね。
そして上司殿は議論のスピードで既に優位に立っている、これが現状です。
この状況で議論に勝とうとするときに、自分もスピードアップを図ろうとするのは、ますます相手のペースに合わせるだけで、得策とは言えません。
しかも、そう簡単に考えるスピードなんて上がりませんし、不可能でないにせよ非常にコストがかかります。
上司殿の議論のテンポを追い抜くくらいに自分のスピードアップが図れた頃、上司殿はすでに退職していた、ではあまりに報われません。
だから、僕は戦略を変えるべきだと思います。
一口に言ってそれは、「相手のスピードを狂わせること」です。
自分が遅いからついていけない、のではなく、上司殿が早すぎるんです。
向こうがスピードにモノを言わせて煙に巻いてくるんですから、こちらとしてはそのテンポを狂わせることを狙うべきです(僕ならそうします)。
ところで、その上司殿はそんなに頭の回転が速いんですか?
そんなに速いなら、僕ならいっそ、「俺の分まで考えてくれ!」って面白がってあれこれ考えさせます。(頭のいい人の話って、聞いてて面白くないですか?)
そうやって相手に考えさせておいて、その上議論で優位に立つ方法があります。
言ってしまえば簡単なことで、「何でですか?」「え? それどういう意味ですか?」「何か腑に落ちないんですよね。もうちょっと説明して貰えますか?」って下手に出ながら、ひたすら相手に訊きまくるんです。
僕のレトリックのお師匠様である香西秀信先生も著書の中でおっしゃってました。
「問いを制する者は議論を制す」と。
相手に立証責任を全部押しつけて無責任にただ教えてもらってりゃいいので、訊く方は楽なんです。
逆に相手は大変ですよ、全部答えなきゃいけないんですから。
出来れば自分の意見も、イマイチ自信がもてないようなフリをします。
そして、「私の意見、どこがおかしいですかね?」と言って、相手方の批判に加え、自分の議論の根拠の説明責任まで押しつけるんです。
ここで効いてくるのが「いつも言い負けている」というスタンスです。
もし「俺にばっかり説明させて、ズルいぞ」とか小賢しいことを言ってきたらこう切り返しましょう。
「だって、あなたの方が私なんかよりずっと頭良いんですから、その分私に分かるように考えて説明して下さい。それは良い頭持った人の『ノブレス・オブ・リージュ』です!」
こう開き直ると、おそらく上司殿は答えに窮するでしょう。笑うか呆れるかするはずです。
でも、ここで議論に勝つわけです。
冒頭に書きました、口頭の議論の勝利条件である「沈黙した方が負け」に追い込んでいますよね?
ポイントは、「相手を褒めつつ刺す」ことです。
攻撃一辺倒だと人間は敵意を感じて身がまえますが、攻撃と好意を同時に出すと人間は混乱し、動きや考えが止まります。
確実に相手を仕留めようと思ったら、議論の切れ味で勝負するのではなく、相手への善意・敬意といった真綿で首を絞めるのが鉄則です。
僕のやり方は邪道に見えるかもしれません。
が、相手がスピードにモノを言わせて主導権を握り、何となく言い返せない状況を作っているのは事実ですし、それは本来の議論からするとマナー違反なのですから、一度こちらが主導権を握る形で議論を進めてもバチは当たらないと思いますよ。
《初出情報》
・2010年7月5日 「バベルチャンネルex」第4号・後編