2020年5月25日月曜日

[紹介] 岩明均『ヘウレーカ』

[岩明均]のヘウレーカ (ジェッツコミックス)

古代シチリアを舞台にした、後の『ヒストリエ』連載にも繋がる小編。シラクサという都市を巡る戦争の話だが、本作は重層的な読み方・楽しみ方ができる。

一見すると古代ローマ時代の戦争モノなのだが、その中に登場する「兵器」が非常に興味深い。
アルキメデスが発明・開発したとされる様々な「兵器」は、当時のテクノロジーを前提としているので、さながらピタゴラスイッチのよう(笑)。
が、その破壊力・殺傷力は凄まじく、その様子が『寄生獣』のあの無機質なタッチで淡々と描かれることで、逆にその凄惨さが浮き彫りになっている。

また、都市を守るためとはいえ、これらの兵器を発明・開発してしまったアルキメデスは、少しボケた様子の中でも「見るのもイヤだ」と、思い出すことすら拒絶する。兵器がもたらす結果をアルキメデス自身が一番よく知っているからであろう。
アルキメデスの姿は、兵器を開発した科学者の苦悩そのものである。いつの時代にもある科学技術開発と、それがもたらす災厄の関係性。その狭間で苦悩する科学者の倫理性。本作では倫理的な主張を一切投げかけず、淡々と物語を描写していくが、却ってそれが我々の心の中に倫理的な問いを残してゆく。

倫理的な問題と言えば、民族問題も読み取ることができる。
カルタゴ側についたことで、ローマ軍の攻撃に晒されるに攻められているシラクサ。その城内で迫害されるローマ人たち。内通するなど城外の敵であるローマ軍に対して荷担しているのならともかく、シラクサで生まれ、シラクサで育ったシラクサ市民である彼らをローマ人であるということで危険視・敵視するシラクサの指導部。
世界の歴史を見れば「どこにでもある悲劇」なのかもしれない。が、二千年以上も前から「どこにでもある悲劇」を繰り返し続けている人類の歴史に思いをいたした時、そこには別の大きな悲劇の存在を思わずにはいられない。

現在連載中の『ヒストリエ』は似たような作風ではあるが、味わいは全然違う。本作を未読の方は、是非読んで欲しい。