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2013年4月1日月曜日

[紹介] 岡田斗司夫・福井健策『なんでコンテンツにカネを払うのさ?』

岡田斗司夫の質問に福井健策弁護士が答えながら「著作権とは何か」を原理的に考える対談。通説は通説だけあってタフです!これからのコンテンツはどうあるべきかについて、福井弁護士のアーカイブ構想が素晴らしい!(crossreview


 本書は、著作権法に詳しい福井健策弁護士に対し、岡田斗司夫さんが様々な疑問をぶつけ、そこからやりとりがはじまるという対談本。福井弁護士が質問に答える中で、著作権というものの考え方があぶり出されている。著作権を原理的なレベルから考え直すだけでなく、更にこの先の著作権のあり方やコンテンツのあり方についてまで話が展開するという、かなりスリリングな内容となっている。

 一見すると、時に突拍子もないと思わせるくらい自由な岡田氏の発想に目が行く。
 確かに、著作権とは何かという問いを掘り下げるとき、岡田氏の発想は上手く機能している。反対に、岡田氏の疑問を受けて現行の著作権を説明する福井弁護士がやや苦しそうに見える部分もあった。
 ただ、質問や批判というのは構図として攻撃側に回るので痛快に見え、逆に質問や批判を受ける側というのは守勢に回るので冴えないように見えるものである。ここで大事なのは、現状に疑義を呈し、批判をする側がどれだけ魅力的な対案を示せるかである。しかし、問題点や疑問点をぶつけるレベルでは非常に面白かった岡田氏の言も、現状を踏まえた上でこれからどのような制度を構築するかという段になると、途端に説得力がなくなってくる。

 本書の最後の方で、福井弁護士は全メディアアーカイブ構想を提示している。詳しくは本書をお読みいただきたいが、これは利用者の利便性やクリエイターへの利益還元、コンテンツ収集に加えて、更には諸外国とのプラットフォーム競争まで全方位的に見据えた構想である。現行の著作権制度の機能不全を修正しつつ、著作権者にとっても利用者にとっても使いやすいシステムとして注目に値する。
 これに対して岡田氏は、全メディアアーカイブ構想にポイント制度を組み込んで税金がかかるのを回避すればどうだなどと細かい話に終始するようになる。福井弁護士の全方位的な構想に対し、クリエイターの食い扶持の話に終始するところは、やはり見劣りすると言わざるを得ない。
 著作権の究極目的は文化の興隆・発展・継承である。利用者の利便もクリエイターの権利も究極はここに還元される。せっかく福井弁護士がそれを見据えた大きな視点から構想を語っているのに、岡田氏から制度全体レベルの話が最後まで聞かれなかったのは、やはり残念という他ない。

 二人のやりとりを読んでいて思い出したものがある。以前、修辞学者の香西秀信教授の本を読んでいたときに出合った「逆説は通説を打ち負かさない」という指摘だ。
 逆説は通説を鮮やかにひっくり返すもので鮮やかな印象を与える。が、所詮は外連であり、逆説というのはあくまで通説に寄っかかる形でしか存立し得ない。また、通説を打ち負かした逆説は、その逆説が通説となることでやはり逆説としては存在し得ない。
 いずれにしても、逆説というものは寄生的な宿命を負った性質のものであり、それ単独では存在し得ないものなのである。

 岡田氏の言も、この逆説の域を出ない。
 現状の問題点の指摘というレベルにおいては見栄えがするが、現状の制度をどう変えるかという段になると途端に頼りなくなる。というより、明確な制度全体の枠組みが見えてこず、「クリエイターでは食えない」という辛い現実しか見えてこない。
 そもそも、岡田氏の想定にはベーシック・インカム(BI)など、著作権を遙かに超えた社会システムが前提とされているが、BI自体が賛否両論あるような不安定なものであることに鑑みれば、どうしても夢物語(それもディスとピア的な)という印象を受けてしまう。サブマネー導入の話にしても、その動機に租税回避目的がちらつくため、出来る出来ないは措くとしても(サブマネーを処理する諸々のコストが勘定にはいってない点で個人的には全く説得力を感じなかった)、どうしても矮小な印象を受けてしまう。

 対する福井弁護士は、一見すると岡田氏の現状"攻撃"に対して守勢に回り、"劣勢"に映る。
 しかし、いくらツッコミを受けても決定的な破綻を来さない。人類の歴史の中で築き上げられてきた著作権の概念・思想というのは、やはり時代の中で磨かれ、洗練されてきたものであり、「通説というのは骨太でタフだよなぁ」と思わされた。

(ちなみに、私が通説のタフさを一番感じたのは、著作権法30条の私的利用を利用するため、コンテンツを共有したい人たちと1万人単位で養子になるという岡田氏の"思考実験"の下りだ。
 実はこれ、相続税回避で似たようなことが行われていた。かつて、相続人が死ぬ直前に養子を取って相続税の控除額を上げるということが横行した(酷いケースでは10人以上も養子がいたとか…)。
 相続税の場合は租税法律主義により法改正の手当がなされたが、著作権法に関しては本書で福井弁護士が解説されているとおり、解釈でそのような脱法行為は認められないことになっている。

 また、岡田氏は各種ポイント(サブマネー)や現物の送り合いで税負担を逃れようとする旨の発言をしている。
 しかし、把握の難易はあれど現金以外でも現行法下では所得に該当しうる。
 この辺の現行税制を踏まえないところも、岡田氏の発言が外連の域を出ない思いつきのように感じられた。)

 自由な発想で思考実験をするのは確かに楽しい。楽しいだけでなく、制度全体を視点を変えて見直すことにも資する。
 しかし、それだけだと論理パズルと同じ頭の体操で終わってしまう。この点、いくら制度疲労を起こしているとはいえ、歴史の中で培われ・磨かれてきた現行制度というのは、多少の批判や問題で息詰まるほどヤワではない。その現状を変えようと思ったら、現状と具体的データを十分に把握した上で、現行制度よりも魅力的で説得的な代案を出さねばならない。
 本書を読んでいると、ふとそんな「真のクリエイティブな批判・議論」について考えさせられた。

 やや否定的な表現が目立つ紹介になってしまったが、著作権についての議論を通じて「通説はタフだ!」というのを強く感じた。もちろん、一読の価値は充分ある一冊である。