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2013年4月24日水曜日

[紹介] みなもと太郎『風雲児たち』(8巻)

みなもと太郎『風雲児たち』(8巻)
田沼意知暗殺の一件では大っぴらに為政者の悪口が言える世の中の有り難さを改めて思い知る。歴史の見方が変わった。アイヌの歴史の悲惨さは涙無しに読めない。そして松前藩の外道っぷりに怒り心頭。本当に許せない!(crossreview

 冒頭、田沼意次の息子・意知が江戸城中にて暗殺されるという衝撃のシーンからスタート。
 父・意次の重商主義政策を受け継ぎ、それを更に推し進める形で開国まで視野に入れていた先見の明があった若き政治家・田沼意知は、家柄しか取り柄のなく妄執に囚われたパラノイア・佐野政言により若くしてその命を絶たれる。
 もし意知が天寿を全うするまで政務を執り続けていたら、日本の歴史は大きく変わったかも知れない。それを思うと残念でならない。

 田沼は一般に賄賂政治の象徴のように言われている。江戸時代を通して見たとき、庶民が田沼を悪く言う発言が一番多く残っているからだ。
 しかし、悪口が一番多く残っているというのは、田沼が庶民の悪口(言論の自由)を封殺しなかったからである。本巻でも、意知の壮烈に庶民が罵声や石つぶてをぶつけるシーンがあるが、田沼は「悪口一つで庶民の鬱憤が晴れるのであれば安いものではないか」と部下が庶民を威圧しようとするのを止めている。
 為政者の批判を大っぴらに言える社会の健全さと有り難さ、そして庶民の為政者批判は本当に妥当なのか? そんなことを色々考えさせられた。

 天明の大飢饉の下りはとにかく悲惨。このとき、藩内から餓死者を出さなかったのが米沢藩の上杉鷹山と、白河藩の松平定信。ただ、松平定信の場合は御三卿出身ということでかなり援助があったようである。が、このときの成功体験が祖父・吉宗崇拝が強く、倹約しか能の無い松平定信に揺るぎない自信を与えてしまったことは、やはり歴史の皮肉であろう。

 本書の中頃からは蝦夷史と北海道探索の話。あまりにも過酷なアイヌの悲劇に涙が出そうになるし、松前藩の外道っぷりには心底腹が立って仕方なかった。
 しかも、この松前の横暴を幕府方はうすうす気づいていて、派遣した探索隊はアイヌ人が松前藩に搾取されている実態をある程度掴んで江戸表に報告している。もちろん主目的は北方警護のためであるが、こういうことにちゃんと意識を向けていた為政者という点だけでも、田沼意次はもっと評価されてしかるべきだと思うところである。
 あと、東蝦夷探検隊の人夫として隊の末席に加わっていた最上徳内がデビューするのもこの巻。歴史の教科書なんかには単純に「このとき最上徳内が…」とあっさり書かれて終わりだが、徳内、カッコイイよ徳内!

 そしてこの頃、林子平は遂に『海国兵談』を書き上げる。が、この先、『海国兵談』出版のための苦難が続くことに…