2013年10月7日月曜日

[紹介] 辻村みよ子『代理母問題を考える』

代理母問題の現状が非常に要領よくまとまっており、基本資料としての出来は秀逸。著者が憲法学者なので、歴史を踏まえた権利論が丁寧である。ただし根源的・思想的な議論についてはほぼ触れられておらず、それが残念。(crossreview

 代理母問題についての議論が非常に要領よくまとまっている。本書は岩波ジュニア新書ではなく岩波新書で出した方が良いくらいの出来で、代理母問題を概観するのに非常に使い勝手が良いだろう。

 ただし、本書には隔靴掻痒の感が否めない。というのも、問題の全体像は何となくわかるが、根源的・思想的なレベルでの議論に言及されていないからだ。特に倫理方面の議論の中身はほとんど触れられていないに等しく、読者としては「倫理的に問題がある」というその「倫理的」の内実が知りたいのに、それが一向に見えてこない。
 読んでいて最後までわからなかったのは「リプロダクティブ・ライト」の中身である。権利主体も内容も未だ議論の途上にあるが、国際的に承認されている権利だと言われても、私には鵺のような主張にしか思えなかった。
 もう一つ気になったのが、フェミニズムやジェンダー論である。「代理母ツーリズム」のような、発展途上国の女性の母体を金で買うがごとき行為を批判・規制する文脈では説得的だと感じたが、代理母を依頼する側の話にまでフェミニズムやジェンダー論を持ち出されると途端に話がこんがらがってよくわからなくなった。

 本書を読みながら自分なりに整理してみた。
 まず、この問題で最大限に優先されるべきは生まれてくる子の福祉である。代理母問題が発生する時点では問題に一切関与できず、生まれた後に一方的な不利益を被りうる立場にあるのだから、その子供の利益を第一に考慮すべきであることは当然であろう。
 次に優先して保護されるべきは、分娩という生命・身体のリスクを負う代理母の権利である。代理母が「生む機械」として扱われないよう、営利目的での代理母はいうまでも無いが、非営利目的でも圧力がかからないよう注意しなければならない(例えば、姉が出産できないときに、妹に代理母となるよう周囲の圧力がかかるなどの場合)。
 さて、子の利益(代理母問題が発生する段階では子自体は出生しておらず、途中までは人権享有主体でないから「子の利益」としておく)、代理母の権利はそれぞれ人権論として議論しうる。では、代理母に出産を依頼する父母の「権利」とはいかなるものなのだろうか?
 父母に認められる権利としては、自分の遺伝子を受け継いだ子を残す権利ということになろう。これは、かつてナチスがした精神障害者に強制断種のようなものは認められないという意味でなら自由権(国家からほっといてもらう権利)として理解しうる。子や代理母の権利・利益を害しない範囲であれば、自らの遺伝子を受け継いだ子を残す行為をなす自由(権)を有すると考えられる。しかし、自分の遺伝子を受け継ぐ子を残すことを請求すること(請求権としての人権)は認められない。
 と、ここで引っかかるのが、自分の遺伝子を受け継いだ子を残す権利の享有主体は誰か、ということである。代理母問題では当然のように「女性またはカップル」とされており、「単に自分の遺伝子をもった子が欲しいだけの男性」には「代理出産を利用する『権利』などがありえない」(197頁)とされている。しかし、問題が、自分(達)では子を分娩できない人たちが第三者である代理母に分娩を依頼する構造である以上、その主体を分娩できない女性か男性・女性のカップルに限定することは論理的にはできないはずである。逆から言えば、男性や同性愛カップルも自分(達)では子を分娩できないという点で分娩できない女性や男性・女性のカップルと同じなのに、なぜ後者だけが代理母を利用する権利を享有できるのか。(本書でこの点についての説明がなされていなかったのが、隔靴掻痒を感じた最大の点である)

 あと、もっと根本的に考えると、「子を残す」とは遺伝子を残すのみだけなのだろうか?
 これは私が岸田秀の著作を読んで、日本は血縁幻想が強すぎるという意見に影響されていることもあるかもしれない。しかし、血のつながりも大事だとは思うが、一方で親子関係は親子として過ごしてきた期間の積み重ねによるところも大きいように私は思う。
 今現在、不妊治療で大変な思いをされているかたを否定する気は無いのだが、もし私(達)に子供が授からなかったとしても、私は不妊治療を受けるつもりはない。そのときは、里親になるか養子をもらうか、そういう形で親になる道を模索するだろう。(もっと言えば、日本にもっと里親や養子が一般化して欲しいと思っている)

 少々脱線してしまったが、代理母問題を考える上で、本書だけでは食い足りない。が、代理母問題を考える上で本書は良くまとまっており、資料としては使える良書である。