2013年5月22日水曜日

[紹介] みなもと太郎『風雲児たち』(12巻)

林子平に高山彦九郎、そして前野良沢。綺羅星の如き風雲児たちが次々と世を去って行く。大黒屋光太夫の壮大な「旅」も遂に終わるが、その光太夫の胸中に去来する寂寞の感。読んでいるこちらの胸中にも複雑な思いが…(crossreview

 この巻では、林子平と高山彦九郎が相次いで死去します。そして前野良沢も。『風雲児たち』を彩ってきた風雲児たちが次々に消えていきます。
 が、林子平の思いはとんでもないところで実を結ぼうとしています。それがロシアのイルクーツク。大黒屋光太夫一行の中でロシアに残留し日本語学校に勤めていた新蔵は、とあるドイツ人の来訪を受け、とある日本人の書物を翻訳するための協力を仰がれます。それが林子平の『三国通覧図説』で、このときフランス語とロシア語に訳された本書が、幕末に救国の書となるのですが、それは『風雲児たち 幕末編』で――

 日本に帰ってきた大黒屋光太夫は、将軍家斉に謁見を許されます。が、女帝エカテリーナにまで拝謁した光太夫にとっては全てがしょぼく見え、武士・役人共の横柄な態度にイライラきます。
 痛快だったのは、「海外で有名な日本人の名を挙げよ」と言われた時に、桂川甫周と中川淳庵の名を挙げたこと。田沼失脚後、寄合医師に格下げされた甫周であったが、ロシア帰りの光太夫に質問する場に海外事情に明るい者がいないと不安だという理由で、同席を許されます。書記係として末席にいた甫周は、期せずして光太夫の口から、「海外で名のとどろく大学者」として淳庵と自分の名を聞くことに。
 その甫周が、後日、光太夫の元を訪れます。蘭学者が太陽暦の正月に開催する「おらんだ正月」に招くためでした。しかし、ロシア帰りの光太夫からすればスプーンの代わりにちりれんげを使うわびしい"洋食"に嬉々とする蘭学者と、そこに同席する自分に痛々しいものを感じたのか。その後、光太夫が「おらんだ正月」に出席することは無かったそうです。
 自分が見てきたものを共有する者が磯吉しかいない中で、光太夫は社会・時代との断絶を感じます。この孤独感には、SFでいう「ウラシマ効果」に近いものを感じてしまいました。『信長協奏曲』のサブローはケロッとしてますけど(笑)、同時代においても共有する文化・文明がないと、人は社会との断絶を感じるものだと思います。

 後半で、伊能忠敬の前半生が描かれますが、これがまたすごい! 伊能忠敬と言えば、どうしても四十の手習い感覚で高橋至時に師事した、という測量以降の功績ばかりがフィーチャーされますが、隠居するまでの商売人としての実績も特筆に値します。忠敬は自弁で測量の旅に出ていたこともあるそうですが、その金を商人時代にしっかり稼いでいたのです。好きな測量をやれるだけの財を稼いでからやっと隠居し、そこから日本地図を作り上げるというこれまたとんでもない功績を残した伊能忠敬。駆け足気味で終わってしまったのが本当に勿体ないです。

 俄然渋みを増してきたのが最上徳内。功名心にはやり周囲との軋轢が耐えなかった近藤重蔵をコントロールし、いつしか棘も消えた重蔵を「もう一人の徳内」にまでしてしまいます。地味なキャラだけど、さすがにカッコ良すぎでしょ!

 最晩年の杉田玄白は、若い蘭学者と話していてもオランダ語の辞書も文法書も無かった頃のことを想像だにできないのを目の当たりにして『蘭学事始』を書きます。この若い蘭学者を目の当たりにした玄白の気持ち、何となくわかるなぁ、としみじみしてしまいました。と思えば一方で、例えば「フルヘヘンド」を訳したときの話など、「事実ではなく真実を伝える」玄白の書きぶりは神がかっています。『解体新書』では前野良沢が凄くて、杉田玄白はどちらかというと出版プロデューサー的でしたが、玄白の『蘭学事始』がなければ前野良沢らの活躍も後生に伝えられなかったわけですから、やはり玄白も偉大な人物であったと改めて思わされました。

 本巻で「いつになったら幕末の話を描くんだ!」としびれを切らした編集部に応ずるべく、「暴走」を開始するみなもと先生。編集部の言うこともわかるんだけど、やっぱり高田屋嘉兵衛の話はじっくり読みたかったなぁ…