2012年11月5日月曜日

[紹介] 加藤一二三『将棋名人血風録』

加藤一二三『将棋名人血風録』
名人制施行四百周年の節目の今年、歴代実力制名人と将棋界の歴史を、名人経験者である加藤一二三九段が語る!副題の「奇人・変人・超人」って著者のことですよ!w すぐ自分の話になっちゃうところが加藤先生らしい。(crossreview


 今年は、江戸時代に将棋の名人という制度が施行されてからちょうど四百年という節目の年に当たります。そして2012年5月12日現在、森内俊之名人と羽生善治二冠という二人の永世名人資格保持者が第70期名人戦を戦っています。
 そういうタイミングで、世襲制から実力名人制(タイトル戦)に移行後の歴代名人と将棋界について語られているのが本書です。

 が、注目すべきは著者・加藤一二三九段でしょう。
 (念のために申し上げておくと、著者のお名前は「かとう・ひふみ九段」です。「かとう・はじめ二百三十九段」でも「かとう千二百三十九段」でもありませんのでご注意下さい)

 将棋界随一の奇人・変人とも言われる著者に、「奇人・変人・超人」というサブタイトルを冠した本で、歴代実力名人の奇人・変人・超人ぶりを語らせる辺りに、何となく版元のテヘペロな態度を感じるのですが…それはともかく、著者が掛け値のない変わり者であることは確かだと思います。それを物語る「加藤一二三伝説」はググれば山ほど出てきますが、とりあえずこちらを紹介しておきます。

 しかし、著者自身は自分が変わり者と言われることを遺憾に思っていらっしゃるようです。
 どうやら世間から私は「変わり者」だと思われているらしい。いまは某新聞社の会長になっている人が、部長時代に記者として私にインタビューをしたことがあったのだが、その人が事前にいろんな棋士に周辺取材をしてみると、みんなが口を揃えて「加藤先生は非常に変わり者です」と答えたらしい。
 しかし、インタビューが終わったあとで、その人は私にこういった。
 「加藤先生ほど常識的な人はいません」
 ということは、私が「変わり者」であるとするならば、ここに登場する名人たちは、もっと「変わり者」ということになるわけだが、はたして読者の皆さんはどのように判断されるだろうか――。
(8頁)
この著者の気持ちは、本書を読み進めればよくわかります。
 著者の一見奇矯にも思える行動は、全て著者のロジックによって裏打ちされています。だから、著者としては行動について「変わってる」と言われても「?」となるのではないかと思うのです。
 確かに、著者の理屈は説明を聞けばそれなりに(と言ったら失礼ですが)筋は通っており、納得できます。ただ、著者の理屈を支える土台の部分が変わっているのも確かです。
 例えば、カトリックの真摯な信仰をお持ちで、祈りにより実力以上の力を発揮する、という気持ちは理解できます。そして、勝負のためには全力を尽くすべきであり、反則や露骨な迷惑にさえならなければ何をやってもいい、という勝負哲学もわかります。だけど、その二つが合わさって、対局の休憩中に廊下で賛美歌を歌う、となると…やっぱり変わってると思います(笑)。

 角川Oneテーマ21のシリーズでは、他に谷川浩司九段の『集中力』『構想力』や羽生善治二冠の『決断力』『大局観』などが将棋棋士の本としてあります。これらは著者にインタビューしたものをライターがまとめるという形をとっているようです(かつて『集中力』と『決断力』を同じライターさんが担当したときに内容に重複が見られたという指摘がありました)。
 おそらく本書も同じ方式を取ったんじゃないかな、と思います。読んでいると、何となく著者のインタビューをまとめて語尾を常体に直したような印象を受けるのです。登場する棋士全員を「さん」付けで呼ぶところはいかにも著者らしく(野球解説で選手全員を「君」付けする掛布さんの印象がダブって見えます)、何かというとすぐ自分の話になっちゃうところなど、著者がノリノリで話をしているところをご存じの方ならおわかり頂けるのではないかと思います。
 大急ぎで付け足しておきますと、僕は口述まとめ形式の本がダメだというつもりは全くありません。ただ、著者の口調をご存じの方でしたら、文体を敬体にし、甲高い早口のノッキング・トークで話す著者独特の口調に変換した方が楽しめると思います。
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm4274866
 http://www.nicovideo.jp/watch/1325497130
 著者はとにかく話したいこと・伝えたいことが多すぎて、それが溢れてきて話すスピードが追いつかず、結果的に話がとっちらかったような印象を受けます。が、そのパッションあふれる話し方や、将棋に対するひたむきな情熱、そして齢七十を超えてもなお少年のように将棋を愛し、楽しむ姿は最高に魅力的です。

 何だか著者の人柄に感化されちゃったのか、いつの間にか本の紹介から「ひふみん愛」の吐露みたいになっちゃいましたが(笑)、著者のファンも、将棋ファンも、そして将棋を余りご存じない方にもオススメの一冊です。

《追記》
 羽生さんとよくお話しされるようで、羽生さんの言があちこちに出てきます。何だかそこに羽生さんの「ひふみん愛」も感じられて嬉しくなりました。